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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)11856号 判決

主文

一  被告草刈崇は、原告に対して、金七〇万円及びこれに対する平成七年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告草刈崇に対するその余の請求及び被告株式会社東京スポーツ新聞社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一と被告草刈崇に生じた費用の三分の二を被告草刈崇の負担とし、原告及び被告草刈崇に生じたその余の費用と被告株式会社東京スポーツ新聞社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1について

1  《証拠略》によると、請求原因1(一)の事実を認めることができる。

2  《証拠略》を総合すると、請求原因1(二)の事実を認めることができる(なお、この事実は、原告と被告会社間においては争いがない。)。

3  請求原因1(三)(1)の事実は当事者間に争いがない。

4  被告草刈が、貸金業の登録を受けていた期間、日京信販の商号を用いて個人で貸金業を営んでいたことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、《証拠略》によると、被告草刈は、平成七年三月ころ、東京都墨田区両国で貸金業を営む東洋開発に入社し、電話による借入申込みの受付、申込書の管理等を担当していたが、同年六月ころ、上司の指示を受け、これに従って日京信販の商号で貸金業の登録を受けたこと、その当時、東洋開発は、その社員に登録を受けさせた貸金業の商号(複数)を使用して、貸金業を営んでいたこと、被告草刈は、東洋開発の上司から、被告草刈が登録を受けた日京信販という貸金業の商号を使用して、東洋開発の事務所とは別の新宿のビルで貸金業を営む旨の説明を受け、これを承諾したことを認めることができる(なお、被告草刈が、貸金業の登録を受けていた期間、東洋開発に対し、日京信販の商号を使用して貸金業を営むことを許諾していたことは、原告と被告草刈間においては争いがない。)。

二  請求原因2について

1  《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる〔なお、被告会社が、平成七年九月二日発売の大阪スポーツの紙上(各種サラ金等の広告欄)に本件広告を掲載したことは、原告と被告会社間においては争いがない。〕。

(1) 美篶広告は、昭和三九年に設立された広告代理業等を目的とする株式会社であるが、昭和四〇年ころから、被告会社との間で、広告代理店としての取引を継続してきた。美篶広告は、平成七年七月当時、被告会社との間で、美篶広告が、大阪スポーツの紙面のうち一七段程度を一年間分買い切りの方法で、広告の掲載に利用することができる旨の契約を締結していた。

(2) 美篶広告の営業や業務担当の者は、広告主から依頼を受けた広告原稿の内容をチェックし、問題がある場合には広告主に内容を変更するよう要請するなどした。そして、最終的に広告内容が決まった段階で、美篶広告は、広告主との間で、美篶広告が右広告を大阪スポーツの紙面に掲載することを受託する旨の契約を締結した上、被告会社に対し、右広告の掲載を依頼することになっていた。

被告会社においては、まずその広告整理部門の担当者が、美篶広告を含む広告代理店等から送られてくる広告について審査し(被告会社には、平成七年七月当時、本件基準が存在した。)、問題点があると認めた場合には、代理店等に連絡して改善させ、それでも解決しない場合には、広告部の部長と掲載するか否かを協議し、掲載するか否かを判断することになっており、掲載しないこととした場合には、これを代理店を通じて広告主に通知することになっていた。

なお、被告会社の元に送られてくる広告のうち、新規のものは、一日に四、五件程度であった。

(3) 日京信販は、平成七年七月二〇日、美篶広告に対し、本件広告の原稿をファクシミリで送信し、本件広告の大阪スポーツ紙上への掲載を申し込んだ。これを受けて、美篶広告の担当者は、右原稿を審査し、右原稿中の「三〇〇万円から五〇〇〇万円迄振込OK」という記載のうち、「五〇〇〇万円迄」の部分は誇大表示であると判断し、この部分を削除するよう日京信販に要請し、その了解を得た。そこで、美篶広告は、日京信販との間で、美篶広告が本件広告を大阪スポーツの紙面に掲載することを受託する旨の契約を締結した上、被告会社に本件広告を掲載するよう依頼した。被告会社は、これを受けて、大阪スポーツ紙上に本件広告を掲載するようになり、同年九月二日発売のものにも本件広告を掲載した。

2  《証拠略》によると、請求原因2(二)の事実を認めることができる。

三  請求原因3について

1  《証拠略》を総合すると、請求原因(3)(一)ないし(五)の事実を認めることができる。

2  右認定事実によると、日京信販は、原告に貸与する本件手形が割引の不能な手形であることを知りながら、原告に対し、本件手形が容易に割引のできる手形であると告げて、原告にその旨誤信させ、原告から、本件手形を貸与する謝礼金名目で三五万円を騙取したものであることを推認することができる。

四  請求原因4について

以上判示したところによると、被告草刈から日京信販の商号を使用して貸金業を営むことを許諾された東洋開発は、日京信販の取引行為の外形をもつ不法行為である本件詐欺行為を行ったものであるから、原告に対して、原告が本件詐欺行為に基づいて被った損害の賠償債務を負担するというべきところ、右のような損害賠償債務も商法二三条にいう「其ノ取引ニ因リテ生ジタル債務」に含まれると解するのが相当であるから(最高裁昭和五八年一月二五日判決・判例時報一〇七二号一四四頁参照)、東洋開発に対し、日京信販の商号を使用して貸金業を営むことを許諾した被告草刈も、商法二三条に基づき、東洋開発と連帯して、右損害賠償債務を負担するといえる。

五  請求原因5について

1  新聞の購読者は、新聞社の製作発行した新聞を販売店等から購入するのであって、新聞社から直接購入するものではないから(公知の事実)、購読者が新聞を販売店等から購入したことにより、新聞社と購読者との間に直接の明示的な契約関係が成立するとはいえないし、また、販売される特定の新聞は、既にその記載内容(情報)が確定しているものであるから、新聞社が、当該新聞を流通に置くことによって、不特定多数の購読者全員に対し、記載内容とは別の瑕疵のない情報を提供する債務を負う意思を表示していると解する余地もない。

したがって、「原告が、平成七年九月二日、当日発売の大阪スポーツをその販売店で購入したことにより、原告と被告会社との間で、被告会社において瑕疵のない情報を提供することを内容とする情報提供契約が成立したといえる。」旨の原告の主張は失当である。

2  ところで、新聞の購読者は、販売店等の信用、能力、個性等に着目して新聞を購入するのではなく、新聞社のそれらに着目し、新聞に記載された情報が真実であることを期待して(その期待の程度は、新聞社や新聞に対する評価によって多少異なる。)これを購入するのであって、新聞社もこれらの事情を十分認識した上、購読者の期待に答えるべく、新聞を製作発行し、これを流通に置いていること(経験則上明らかである。)に鑑みると、新聞社は、その製作発行する新聞を流通に置くに際し、不特定多数の購読者全員に対し、新聞社が自己の責任において掲載する報道・論評等の新聞記事に関しては、新聞記事内容の真実性等について、担保又は保証する意思を黙示的に表示し、購読者は、新聞を購入することにより、これを受諾する旨の意思を黙示的に表示していると解する余地はあるといえる。

しかしながら、新聞に掲載される広告は、第三者である広告主の名と責任においてなされるものであって(公序良俗に反する等の違法な内容でない限り、広告主が自由に広告内容を決定することがむしろ望ましいといえる。)、新聞社は、単に広告主に対して広告のための紙面を提供しているにすぎないというべきであることに鑑みると、広告が新聞社の掲載行為によって初めて実現することを考慮しても、新聞社が、その製作発行する新聞を流通に置くに際し、不特定多数の当該新聞の購読者全員に対し、広告についてまでその内容の真実性等について、担保又は保証する意思を黙示的に表示していると解する余地はないというべきである。

したがって、「原告が、平成七年九月二日、当日発売の大阪スポーツをその販売店で購入したことにより、原告と被告会社との間で、被告会社において本件広告についてもその内容の真実性などについて担保ないし保証する旨の情報担保契約が成立したといえる。」旨の原告の主張は失当である。

3  以上によると、原告と被告会社間に契約関係が成立したことを前提とする原告の被告会社に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は、その余の点につき検討するまでもなく、いずれも理由がないことに帰する。

六  請求原因7について

1  新聞広告を掲載するに当たり、広告内容の真実性を予め十分に調査確認した上でなければ新聞紙上にその掲載をしてはならないとする一般的な法的義務が新聞社にあるということはできない。なぜなら、元来、新聞広告は取引について一つの情報を提供するものにすぎず、読者らが右広告を見たことと当該広告に係る取引をすることとの間には必然的な関係があるということはできないからである。

しかしながら、新聞広告は、新聞紙上への掲載行為によってはじめて実現されるものであり、右広告に対する読者らの信頼は、高い情報収集能力を有する当該新聞社の報道記事に対する信頼と全く無関係に存在するものではなく、広告媒体業務にも携わる新聞社としては、新聞広告の持つ影響力の大きさに照らし、広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情があって読者らには不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し、又は予見し得た場合には、真実性の調査確認をして虚偽広告を読者らに提供してはならない義務があり、その限りにおいて新聞広告に対する読者らの信頼を保護する必要があると解すべきである(最高裁平成元年九月一九日判決、裁判集民事一五七号六〇一頁)。

なお、貸金業の広告に関しては、「広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情があって読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し、又は予見し得た場合」であるか否かにかかわらず、新聞社に広告内容の真実性を積極的に調査確認すべき義務があるとする原告の主張及び新聞社に右義務はないとする被告会社の主張は、いずれも独自の見解であって採用できない。

2  そこで、被告会社が本件広告を掲載するにつき、「本件広告の内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情」があったといえるか否か、それによって、被告会社が「読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し、又は予見し得た」といえるか否かにつき検討する。

本件広告は、多重債務者である客に対して三〇〇万円以上の多額の融資をすることや、サラ金でありながら年六パーセントから一三パーセントの低金利で融資することなど、内容に誇大であることが容易に窺える表現を含むものであるといえるから、被告会社が本件広告を掲載するにつき、「本件広告の真実性に疑問を抱く特別の事情」があったというべきである。しかしながら、本件広告を見た大阪スポーツの購読者が、本件広告の右の点についての内容を真実であると信じて、日京信販から金員を借り入れようとした場合であっても、借入額や借入条件の交渉の過程で、借入れることのできる金額及び利息につき、本件広告の記載が真実であるか否かが当然判明することになるから、購読者が、本件広告の右の点についての内容が真実でなかったことにより不測の損害を被ることは通常考えられない。また、被告会社において、平成七年九月二日までに、日京信販が本件詐欺行為のような違法行為を行う悪質業者であると認識することができたことを裏付けるに足りる証拠はない(もとより、内容に誇大であることが窺える表現を含む本件広告の掲載依頼を受けたことのみから、被告会社において、直ちに日京信販が本件詐欺行為のような違法行為を行う悪質業者であるとまで認識することは不可能である。)。そうすると、被告会社において、本件広告がこれを見た購読者に不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し、又は予見し得たとは、いまだ認め難い。

3  以上によると、被告会社には、本件広告の真実性につき調査確認すべき義務はなかったといえるので、これが存在することを前提とする原告の被告会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点につき検討するまでもなく、理由がないことに帰する。

七  請求原因9について

(一)  前記認定のとおり、原告は、本件詐欺行為によって、謝礼金三五万円を騙取されたほか、右謝礼金を捻出するために、日京信販の担当者の指示を受けて五〇万円を借り入れるために、ローンズファミリーへ手数料一〇万円と少なくとも五万円の金利を支払ったものであるところ、弁論の全趣旨によると、原告のように多額の債務を負っている客が、他のサラ金等から無理をして謝礼金を借り入れることは、日京信販の担当者にとって予見可能であると認めることができるので、手数料一〇万円と金利五万円についても、本件詐欺行為により原告が被った損害であると認めるのが相当である。

(二)  《証拠略》を総合すると、原告は、前記認定のとおり、平成七年九月二五日以降、本件手形を割り引いてもらうために、関西や東京等の金融業者を回ったことにより、交通費として少なくとも六万円を支出したこと、日京信販や本件手形の振出人等との連絡に少なくとも四万円の電話通信費を支出したことを認めることができるところ、この各支出も本件詐欺行為と相当因果関係のある損害であるといえる。

(三)  原告は、本件詐欺行為によって精神的苦痛を被った旨主張し、慰謝料を請求するが、右のような精神的苦痛は、本件詐欺行為によって受けた財産的損害が回復されることによって慰謝されることになる性質のものであるといえるから、財産的損害の賠償とは別に、これについての慰謝料を認めることはできない。

(四)  《証拠略》を総合すると、原告は、本件訴訟を追行することを原告代理人弁護士五名に依頼したことが認められるところ、本件事案の内容、難易度、認容額、その他諸般の事情を考慮すると、本件詐欺行為と相当因果関係に立つ損害と見ることができる弁護士費用は一〇万円であると認めるのが相当である。

八  結論

以上によると、原告の被告草刈に対する請求は、七〇万円及びこれに対する本件詐欺行為の後である平成七年一二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口幸博 裁判官 大野正男 裁判官 武田瑞佳)

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